食べないこと「不食」とあえて食を断つ「断食」の根本を考えてみる

自由 体に優しいもの

ここしばらく、一日の食事の回数を減らしてみて
気づいたこと、考えたこと、調べたことがあります。

今まで、「食べること」に対して、
とても興味があり、執着というのかもしれないけれど
いろんなことを試してきました。

玄米菜食、ローフード、MEC食、糖質制限、パレオダイエット・・・

断食も、1日や3日、1週間、10日間とか。

その中でまだ出会ったことがないですが、
世の中には、本当に飲まず食わずで何十年も
生き続けている人がいるということを知りました。

飲み物だけ飲む人、だったり、
普段は食べないけれど、
仕事で会食の予定があるときは、
他の人達と同じように食べる人、とか。

こうやって書くと、怪しいとか本当?とか信じられない!とか。

たしかに、会ったことがないので、実在してるかしらないけれども。

ただ、こうした情報を受け取った時点で、
わたしのなかでは、全てが思い込みだったことに気づいたことが驚きです!

わたしたちは、食べないと生きていけないという思い込み
添加物や農薬などが体に悪いという思い込み
断食はできないという思い込み
数日食べてなくて、いきなり外食は体に負担かかるという思い込み
あれはいいこれは悪いという思い込み
食べると太るという思い込み
食べないとやせてしまうという思い込み

全て、自分自身の思い込みだったんだ!という気づき。

食べても食べなくても自由。だって生きていられるから。

根本的に、あなたが何を思い込んでいるのか?で
全てが変わる、ということ。

自分自身の思い込みが発見されるたびに、
「これ思い込みか!」とびっくりします。

まだまだ気づくことがたんまりありすぎて
どれだけ、常識に囚われていたのか?ていうくらいです笑

あれいいこれいい、て言っちゃうとき、たくさんありますが
へー、そうなのね、くらいで、ただの一部の情報にしかすぎないことを
承知でいてくださいね笑

で!!!
食べない「不食」と食を断つ「断食」の根本は、
不食は、自由であること(食べても食べなくても自由)で
断食は、ダイエットのため、病気を治したいために食べない、ということ。

だから、断食は根本的に「食べるため」にする。
不食は、真の本質的な自由の結果である、ということ。
不食になろうとして食べないのではなく、
ただの結果として不食になった、ということである。

とっても自由!!!
自由

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